公益社団法人 大阪府鍼灸師会

霊枢勉強会報告

報告霊枢勉強会報告 『黄帝内經靈樞』 寒熱病(かんねつびょう)第二十一・第一章NEW

講師 :日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生
日時 :令和六年(2024年)2月11日(日)第35回
会場 :大阪府鍼灸師会館 3階
出席者:会員18名(うちWeb8名) 一般13名(うちWeb3名) 学生2名(うちWeb2名)
*2月度は会場20名、ネット配信での受講が13名でした。

○『黄帝内經靈樞』 寒熱病(かんねつびょう)第二十一・第一章

○01 皮寒熱者。 02 不可附席。 03 毛髮焦。 04 鼻槁腊。 05 不得汗。

01 皮寒熱(ひかんねつ)する者(もの)は、 02 席(せき)に附(ちか)づく可(べ)からず。 03 毛髮(もうはつ)焦(こが)れ、 04 鼻(はな)、槁腊(こうせき)す。 05 汗(あせ)を得(え)ずんば、

(解説)
*皮寒熱(ひかんねつ)、肌寒熱(きかんねつ)、骨寒熱(こつかんねつ)の三つが対になっている。皮(ひ)、肌(き)、骨(こつ)という表現は、皮膚からどれくらいの深さに寒熱の状態が起こっているかを表している。おそらく皮寒熱(ひかんねつ)というのは風邪(ふうじゃ)によって起こる軽い段階の寒熱であろう。その次の段階が肌寒熱(きかんねつ)、そして深い段階が骨寒熱(こつかんねつ)という状態を表している。

*02節の「席に附(ちか)づく可(べ)からず」の「席」について、『黄帝内経大詞典(こうていだいけい・だいしてん)』は「席というのは本来、衣という字を書くべきところを言葉が近い席を使っている」という説を上げている。「席(せき)」というのは「席子(むしろ)」のことである。ここでは「むしろに座ることができない」と解釈するよりも「皮膚の状態がピリピリ、あるいはからだの表面が痛くて衣(ころも)を着ることができない」と言っているのではなかろうか。

*「寒熱」というのは結局、風(ふう)による熱が生じて痛みが起こるのである。肌寒熱(きかんねつ)というのは、からだの表面の痛みである。

*04節の「鼻、槁腊(こうせき)す」:
「槁(こう)」は「枯れる」とか「乾く」という意味、「腊(せき)」というのは乾した肉のことである。「槁腊(こうせき)」というのは鼻が乾いた状態になるということである。

*05節の「汗を得ずんば」:
汗が出れば熱という症状が回復するのだろう。

*ここでは皮膚がピリピリして、髪はパサパサになり、鼻が乾いた状態が肌寒熱(きかんねつ)だと言っている。

○06 取三陽之絡。 07 以補手太陰。

06 三陽(さんよう)の絡(らく)を取って、 07 以(もっ)て手の太陰(たいいん)を補(おぎな)う。
(解説)
*この篇の特徴は、治療法に選ばれている経脈あるいは経穴(つぼ)というものが古い状態のものを表していると思う。まず、つぼの名前を上げるよりも経脈の名前を上げるということがある。

*馬玄臺(ばげんだい)は、この文章について、このようなことを言っている。
「當(まさ)に足の太陽(たいよう)膀胱經(ぼうこうけい)の絡穴(らくけつ)、飛揚(ひよう)を取りて、もってこれを寫すべし。蓋(けだ)し太陽(たいよう)は三陽(さんよう)なり。また當(まさ)に手の大陰(たいいん)肺經(はいけい)の絡穴(らくけつ)、列缺(れっけつ)を取りて、もってこれを補うべし。まさに太陽は表(ひょう)をつかさどるをもって、ゆえに、その邪を寫(しゃ)すに宜(よろ)し。而(しか)して肺(はい)は皮毛を主(つかさど)る。必ずこれが既寫(きしゃ)の後(のち)に補うが宜(よろ)し」

*ここで馬玄臺(ばげんだい)は「三陽(さんよう)」を「三つの陽の経脈」ではなくて「足の太陽膀胱經」の経脈だと考えている。
足の太陽の経脈はからだの表面にあって邪気(じゃき)が入っているので、まずこの経脈を寫す。皮膚に症状が出ていて、皮膚は「肺(はい)」がつかさどっている部分なので、肺と関係の深い足の大陰(たいいん)の経脈を寫方(しゃほう)の後に補え、おおむね、このようなことを言っていようか。

*張介賓(ちょうかいひん)という人はこのようなことを言っている。
「手の大陰(たいいん)の魚際(ぎょさい)、太淵(たいえん)を補い、以(もっ)て汗を取る可(べ)し」

*汗が出ないので魚際(ぎょさい)と太淵(たいえん)というつぼを補って、汗を出しなさい、ということを言っている。

*澀江抽齋(しぶえ ちゅうさい)はこのように言う。
善(ぜん)按(あん)ずるに楊上善(ようじょうぜん)の注、「三陽(さんよう)は手に絡(まと)い、大支脈(だいしみゃく)に上(のぼ)る」、手の三陽の別絡を言うに似たり。因(よ)って三陽(さんよう)の絡(らく)を攷(こう)ずるに、あまねく手足の三陽の絡脈(らくみゃく)を指す。蓋(けだ)し陽経(ようけい)は表(ひょう)をつかさどる。ゆえに其(そ)の絡(らく)を刺すなり。

*この絡穴(らくけつ)を刺すというのは、私たちの常識からすると、ちょっと違うなと思う。三陽(さんよう)の絡(らく)を刺すと言っても、後代、三陽の絡脈というのは、どちらかと言うと熱病の後に出てくる津液の消耗に使うものだからである。ここでは渋江抽斎(しぶえ ちゅうさい)の論には従えない。

*ここで、つぼの名前を、なぜ書かないのか、それを考えてみる。この当時、経脈のどこかを取るということで、まだつぼのように一定の場所は決まっていなかったからだと思う。

*経脈の中から経穴が出てきたという論、あるいは経穴と経穴をつなぎ合せて経脈が出来たという論がある。しかし、わたしは経穴と経穴をつなぎ合せて経脈になったという説は有り得ないと思っている。まず経脈というものがあり、経脈治療というものがあったと思う。経脈の上に、灸あるいは鍼をする、または瀉血(しゃけつ)をするという方法があり、その上で穴(けつ)が出てきたのだと思う。この06節から07節に書かれている経脈を使う方法は、古い治療の方法を示しているものだと思う。
ちなみに言うと、この頃の経脈の考え方というのは、流注が手足の末端からすべて頭とか胸の方に向かっていた。もちろん、それぞれの経脈同士がつながって循環するというものでは無かった。一つずつの経脈はバラバラなものであった。陰や陽の量によって大陰(たいいん)、太陽(たいよう)とか少陰(しょういん)、少陽(しょうよう)というふうに分けられていた。そういったものであった。

*もし、ここで経脈を書いて、実はつぼの名前が書かれているのだ、と考えるとすれば、一千年近くもかかって360前後のつぼを経脈に配当するためにあれほど苦労したのは、なぜかという議論が出て来る。つぼとつぼとをつなぎ合せて経脈を作ったという論は、そうした事実から言っても成り立たない。わたしが思うに経脈治療というものが、まずあったのだと思う。


*『霊枢』の森を歩いてみませんか。毎月休まず第二日曜、午前10時から12時まで大阪府鍼灸師会館3階です。勉強会のご案内につきましては本会ホームページをご確認下さい。
次回は2024年 4月14日(日)「熱病(ねつびょう)第二十三」に進みます。『霊枢』は続き物でもないので、どの篇でもご自由に受講頂ければと思います。


(霊枢のテキストは現在2冊の在庫があります。1冊1,600円です。受講申し込み時、または当日、受講受付けにてお問い合わせください)


(霊枢勉強会世話人 東大阪地域 松本政己)

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