公益社団法人 大阪府鍼灸師会

素問・霊枢報告

霊枢勉強会報告 令和五年四月

講師 :日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生
日時 :令和五年(2023年)4月9日(日)第25回
会場 :大阪府鍼灸師会館 3階
出席者:会員27名(うちWeb17名) 一般19名(うちWeb9名) 学生4名(うちWeb4名)
*4月度は会場20名、ネット配信での受講が30名でした。

○『黄帝内經靈樞』 經水(けいすい)第十二・第十五章

○01 黄帝曰。 02 夫經水之應經脈也。 03 其遠近淺深。 04 水血之多少。 05 各不同。 06 合而以刺之。 07 柰何。

01 黄帝(こうてい)曰(いわ)く、 02 夫(そ)れ經水(けいすい)の經脈(けいみゃく)に應(おう)ずるや、 03 其(そ)の遠近(えんきん)淺深(せんしん)、 04 水血(すいけつ)の多少、 05 各々(おのおの)同じからず。 06 合(あわ)せて以(もっ)て之(これ)を刺すこと、 07 柰何(いかん)、と。
(解説)
*ここで、黄帝(こうてい)は歧伯(きはく)にこのようなことを問うている。
「経水(けいすい)と経脈(けいみゃく)は対応している。経脈(けいみゃく)の長さと深さ、そして気血の多少、これが各々の経脈で違っている。これらを対応させて鍼をする場合にどのように考えたら良いのだろうか」

*04節の「水血(すいけつ)」とは「水(すい)」が経水(けいすい)、「血」は経脈(けいみゃく)を指す。ここで「水血の多少」とは「気血(きけつ)の多少」のことである。


○08 歧伯答曰。 09 足陽明。 10 五藏六府之海也。 11 其脈大血多。 12 氣盛熱壯。 13 刺此者。 14 不深弗散。 15 不留不寫也。
08 歧伯(きはく)答えて曰(いわ)く、 09 足の陽明(ようめい)は、 10 五藏六府(ごぞうろっぷ)の海なり。 
11 其(そ)の脈(みゃく)大(だい)に血(けつ)多く、 12 氣(き)盛んに熱(ねつ)壯(そう)なり。 13 此(こ)れを刺す者、 14 深からざれば散(さん)ぜず。 15 留(とど)めざれば寫(しゃ)せず。

(解説)
*09節~10節にかけての文章「足の陽明(ようめい)は、五藏六府(ごぞうろっぷ)の海なり」という表現は他にもよく出て来る。「胃(い)は五蔵六府の海」だとも言われる。「胃(い)」というものは五蔵(ごぞう)と一緒になって重要視されるほどのものである。「足の陽明(ようめい)」は「胃」に属する経脈なので、これも非常に重要視されている。

*11節「其(そ)の脈(みゃく)大(だい)に血(けつ)多く」は、脈が太くて血(けつ)が多いと言っている。

*12節「氣(き)盛んに熱(ねつ)壯(そう)なり」は、気血が多くて熱が盛んだ、と言っている。陽の気が多いのである。

*13~14節は、気血(きけつ)が多いので、これを鍼で刺すには深く刺さないといけない。そうしないと邪気(じゃき)を散ずることができない、と言っている。
(「散ずる」という場合、かならず邪気(じゃき)というものがからむ)

*15節「留(とど)めざれば寫(しゃ)せず」、ここでは鍼を刺して長い時間留めておかないと邪気(じゃき)を寫(しゃ)することができない、と言っている。邪(じゃ)を処理する時には、鍼を深く刺して、久しく留めておかないといけないと考えている。

○16 足陽明。 17 刺深六分。 18 留十呼。
16 足の陽明(ようめい)は、 17 刺(し)深(ふか)きこと六分(ろくぶ)、 18 留(とど)むること十呼(じゅっこ)。

○19 足太陽。 20 深五分。 21 留七呼。
19 足の太陽(たいよう)は、 20 深(ふか)きこと五分(ごぶ)、 21 留(とど)むること七呼(しちこ)。

○22 足少陽。 23 深四分。 24 留五呼。
22 足の少陽(しょうよう)は、 23 深(ふか)きこと四分(しぶ)、 24 留(とど)むること五呼(ごこ)。

○25 足太陰。 26 深三分。 27 留四呼。
25 足の太陰(たいいん)は、 26 深きこと三分(さんぶ)、 27 留(とど)むること四呼(しこ)。

○28 足少陰。 29 深二分。 30 留三呼。
28 足の少陰(しょういん)は、 29 深きこと二分(にぶ)、 30 留(とど)むること三呼(さんこ)。

○31 足厥陰。 32 深一分。 33 留二呼。
31 足の厥陰(けついん)は、 32 深きこと一分(いちぶ)、 33 留(とど)むること二呼(にこ)。


(解説)
*16節から33節の経脈の並び順は鍼の深さの深い方から浅いほうに向かって順番に並んでいることがわかる。しかも、足の陽の経脈を先に書き、足の陰の経脈を後に書いている。これは古い形である。

*文章中の「十呼(じゅっこ)」とか「七呼(しちこ)」というのは「留鍼(りゅうしん)」の時間である。「留鍼(りゅうしん)」というのは置鍼(ちしん)の古い呼び方である。最近出土している前漢時代(前206~後8)の出土文物などにも「置鍼(ちしん)」ではなくて「留鍼」という言葉が使われている。現在の中国でも留鍼という言葉が使われている。これも十呼(じゅっこ)、七呼(しちこ)、五呼(ごこ)というふうに長い時間の方から短い方へと順番に並んでいる。「呼」は呼吸の時間である。十呼(じゅっこ)は10呼吸の時間を表す。

これに関係の深い篇、『素問(そもん)』「血氣形志篇(けっきけいしへん)第二十四」と本書「九針論〈きゅうしんろん〉第七十八」に陽明(ようめい)」の気血の多少についての記述がある。「九針論(きゅうしんろん)第七十八」の方が、この篇の内容に対応している。本篇では「九針論〈きゅうしんろん〉」にあるような「 陽明(ようめい)多血多氣。 太陽(たいよう)多血少氣。 少陽(しょうよう)多氣少血。 太陰(たいいん)多血少氣。 厥陰(けついん)多血少氣。 少陰(しょういん)多氣少血。 」というような表現はない。多気多血などの表現は、『素問』の篇「血氣形志篇(けっきけいしへん)第二十四」と『霊枢(れいすう)』「九針論〈きゅうしんろん〉第七十八」にしか出てこないと思う。しかし、これらの篇と、この「經水(けいすい)第十二」の篇は関係があるということは確かだと思う。

*ここで『霊枢』「九針論〈きゅうしんろん〉第七十八」に書かれていることについて考えてみる。
陽明(ようめい)は多血(たけつ)多氣(たき)だと言う。多血多氣は、血(ち)も氣(き)も出してもかまわないと理解する。
太陽(たいよう)は多血(たけつ)少氣(しょうき)なので、血は瀉血(しゃけつ)して、たくさん出してもよいが、氣は出すなというふうに理解する。
この書物が出来た頃の治療というものは、一般の鍼プラス瀉血であったと思う。おそらく、この二つのものが併用されていたために多血(たけつ)多氣(たき)などという表現がされていたのだろうと思う。

*この当時、氣の補寫(ほしゃ)ということと瀉血というものは別のものであった。刺絡(しらく)をすることと、からだの内側の氣を寫(しゃ)したり補ったりするということは別のものである。その時の区別が表れているのかもしれない。

*『霊枢』の森を歩いてみませんか。毎月休まず第二日曜、午前10時から12時まで大阪府鍼灸師会館3階です。
勉強会のご案内につきましては本会ホームページをご確認下さい。
次回は6月11日(日)「經筋 第十三(その2)」です。

(霊枢のテキストは現在2冊の在庫があります。1冊1,600円です。受講申し込み時、または当日、受講受付けにてお問い合わせください)




(素問勉強会世話人 東大阪地域 松本政己)

日鍼会全国大会in近畿開催のご案内 日鍼会全国大会in近畿開催のご案内


鍼灸保険協会大阪 鍼灸保険協会大阪

「公式FB」バナー 「公式FB」バナー

大鍼会準会員Instagram 大鍼会準会員Instagram

鍼灸net 鍼灸net

日本あはき師厚生会 日本あはき師厚生会

鍼灸院検索 鍼灸院検索

大阪府鍼灸師会館

公益社団法人
大阪府鍼灸師会館
〒530-0037
大阪市北区松ヶ枝町 6-6
06-6351-4803