研修会&講座のお知らせ
令和5年度 9月度学術講習会報告
【日時】令和5年9月10日(日) 開催【演題】
1.「東洋医学ホントのチカラ」から見える鍼灸の未来
講師:山本高穂 先生(NHKメディア総局第2制作センターチーフ・ディレクター)
最初に「はり・きゅう治療(師)に必要なこと」として、第3回学術研修会は、メディアの立場と鍼灸界の立場から見たエビデンス(EBM)の講義となりました。
1講義目は、2018年9月から年1回程度放送しているNHKの特集番組シリーズ「東洋医学ホントのチカラ」のチーフ・ディレクターである、山本高穂氏にご講演していただきました。山本氏がこれまで担当してきた番組には、
・NHKスペシャル『謎の海洋民族モーケン』(2008年)
・NHKスペシャル『病の起源・うつ病』(2013年)
『ダーウィンが来た!』『ガッテン!』『クローズアップ現代+』『あしたが変わるトリセツショー』『コズミックフロント』ほか多数の番組作成に関わってこられました。主に科学に関係すること、論文で証明されていることへの追求に力を入れておられます。
先生方の中には、この番組名を聞いて「この番組大好きや」と感じる先生もおられるかと思います。ちなみに僕は、織田裕二が司会されている『ヒューマニエンス 40億年のたくらみ』が好きですが。(山本さんスミマセン)
さて、講演内容がどうだったかレポートしたい。内容は、鍼灸を中心に、漢方薬やヨガなどの研究や、臨床の最前線を世界各地のトピックを含めて紹介していただき、視聴者をはじめ医療関係者からも大きな反響を頂いている、ということで、実際番組で使用された映像を交えながらの講義形式で、テレビを見ているような感覚で、番組を見逃した人や、もう一度見たかった人には嬉しい限りだったことでしょう。その中でこの研修では、これまでの取材や反響から見えてきた鍼灸の可能性と未来について、慢性疼痛、精神疾患、リハビリテーション、スポーツケアを中心に番組映像を交えながら紹介していく運びで、講義が展開されていきました。
慢性痛を性差でみていくと、圧倒的に40歳から60歳代の女性が多い。さらに痛みを抱えている比率も女性が多く、不安、うつなどの気分障害を呈している。山本氏いわく、「心身一如」の科学的メカニズムの解明は日々進展しているという。そして今、「慢性的な炎症」と「うつ」病の関係が注目されている。
スポーツ鍼灸では、なんと私の映像も使用していただきました。その中で高校生がスポーツトレーナーになるために必要な資格の50%以上が理学療法士と建康運動指導士で、はり師、きゅう師は、なんと3%前後という結果であった。認知度が低いことから、鍼灸師会としてやるべきことは、スポーツ分野とどんどん繋がっていく必要があると山本氏は言う。
最後に、山本氏は鍼灸の未来として、
☆最新医学を導入・応用することで 鍼灸治療は「大進化」できる可能性
☆医師や理学療法士などとの連携による 「チーム医療」の推進
☆“身近な医療者“としての立場を生かした 医療・健康の「キーパーソン」の役割
というカタチで講演を締めくくった。
研修会委員長 清藤 直人
2.「今を知り、未来を創る鍼灸のエビデンス」
講師:松浦悠人 先生(東京有明医療大学 保健医療学部 鍼灸学科 助教)
もしかしたら少し苦手意識のある方もおられるかもしれない「エビデンス」について、「何故、鍼灸にエビデンスが必要なのか?」というテーマを私たちに投げかけて、日々の臨床のモチベーションを上げる機会をいただきました。
松浦先生は、大学院で主に精神科領域の鍼灸治療を専門に臨床研究をされていく上で、鍼灸を現代医療の中に位置付けていくためには「エビデンスを創ることが必要」だと強く感じられた。
そもそも、医学を進歩させる方法は論文であり、鍼灸に関する論文は近年右肩上がりに増加している。特に1972年の中国の鍼麻酔、1997年のNIH合同声明をきっかけにして、鍼灸の科学化が進み、一気に論文が増えてきた。「アデノシン局所鍼鎮痛機構」などの多くの優れた論文がまとめられ、教科書「はりきゅう理論」にも最新のエビデンスを含んだ内容が反映されている。最近のトピックとしては「抗炎症」に関する論文も発表されており、「微小炎症が未病を生む」ということから、今後の鍼灸の有用性をさらに主張できる根拠となるように、論文は現在の最先端を教えてくれ、さらに未来を創る力があるという意味で重要だと主張された。
①エビデンスとEBM
松浦先生の恩師である津谷喜一郎先生によると、医療技術を高める為には、種々の医療技術の選択における意思決定を支援するための質の良いエビデンスが必要であり、特に鍼灸にはそれが足りないので必要であるとのこと。大前提として、エビデンスとは「あり・なし」ではなくグラデーションで表現され、その中でもレベルの強い研究のデザインがランダム化比較試験(RCT)である。また、システマティックレビューやメタアナリシスなどは特にエビデンスレベルが高い。エビデンスレベルとは、一つの強力な研究だけで決定するものではなく、そのテーマに関する全ての論文を収集し、質を評価し確実性を高めるものである。このような質の良いエビデンスは診療ガイドラインでの推奨度を高める。
しかし、臨床現場での1症例からスタートしてガイドラインに載った例「COPD患者への鍼治療」があるように、やはりエビデンスの始まりは1症例からの積み重ねが大切だと言える。また日々の臨床は意思決定の連続であり、エビデンスはそれをサポートすることができるので、治療や患者説明にもより根拠を持って提案ができるため、上手く活用できれば良いのではないか。
次に、EBMとは「根拠に基づいた医療」を意味する。これは4つの要素を基に、患者に最適な治療を選択することであり、医療を円滑に行うための道具・行動指針である。4つの要素とは、①患者の病状と周囲を取り巻く環境、②患者の意向と行動、③エビデンス、④医療者の臨床経験、である。エビデンスとはあくまでも、この4つの要素の中の1つである。
EBMのための最初の情報収集の方法としては、google scholarが比較的使いやすいとのこと。また、論文の種類の中でも原著論文が、査読を受けている点で学術的価値が高い。そして学会・学術講習会への参加や、ネット情報(eJIMやAcuPOPJ)なども有力である。これらを正しい場所から正しい情報を収集し、信頼できる情報かどうか吟味してから4つの要素を踏まえて患者へ適応していく。
②未来を創る鍼灸のエビデンス
そもそも、エビデンスは臨床で使いやすいものでないと意味が無いのだが、海外論文(中国圏や英語圏)が多いため、日本人を対象に日本鍼灸を行った際の効果を検証することが必要である。その為の日本鍼灸の最前線は「地域に根付いた鍼灸院」である。松浦先生は、「鍼灸院に行くとなんかいいよね」と思ってもらえるエビデンスを作りたいと提案された。海外(台湾の例)には、国を挙げての研究があり、「鍼灸を受けていた不眠症患者は認知症の発症が少ない」というデータがあるように、日本でもオープンサイエンスの促進が必要であると。
臨床家は研究の非専門家者であっても、研究に参加し、学術や科学的な知を共有することが必要なのではないか。また臨床家は日々試行錯誤して多様な治療理論や手技を集積し、患者さんへ適応させているという意味では、良い研究者とも言えるので、この臨床研究を重ねてエビデンスを作っていくことができる。
その1つの方法として、松浦先生は現在電子カルテシステムを活用したデータ測定を実施されており、今後もさらにネットワークを広げていく計画をされている。次に、地域医療に根付くために必要なことが医療連携であり、その為に必要な学びの場をまずは精神医療の分野で進められていて、鍼灸師と精神科医との連携(AP連携)の強化を目指している。精神科医から鍼灸院への紹介リストを作成していく為に、今後は鍼灸師から医師や患者へ情報発信をしていくことが必要で、学会等でアピールするなど、エビデンスを普及させていくことが最も重要である。
このように、エビデンスは世の中に鍼灸の魅力を伝える為のコミュニケーションツールの1つである。2022年度の鍼灸年間受療率は未だ5.7%と低く、今後さらに向上させていくことが望ましい。鍼灸の未来を創るのは、鍼灸師1人1人の日々の臨床の手応え(エビデンス)に他ならず、これを研究者としての視点でも形にしていくことが重要で、医療連携を意識した取り組みが必要である。
臨床家であり研究者でもある松浦先生の明瞭なお話から、今後の日本鍼灸への熱い思いを感じ、自分に出来ることは何かと改めて考えさせられる機会を得られました。日々の臨床で目の前の患者さんに真摯に向き合っていくことは第一ですが、さらに広い視野で、多くの人の利益を考える上で、「オープンサイエンス」という考え方は重要であると、より高い意識に引き上げていただける貴重なご講演を有難うございました。
研修委員 上田里実