霊枢勉強会報告
報告『黄帝内經靈樞』外揣(がいすい)第四十五 第一章
講師 :日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生日時 :令和七年(2026年) 1月11日(日) 第57回
会場 :大阪府鍼灸師会館 3階
出席者:31名(内訳:一般15名,大鍼会会員5名,準会員3名,日鍼会会員2名,全日学会員3名,学生3名)
『黄帝内經靈樞』 外揣 (がいすい) 第四十五 第一章
○19 岐伯曰。 20 明乎哉問也。 21 非獨針道焉。 22 未治國亦然。
19 岐伯(きはく)曰(いわ)く、 20 明(めい)なるかな問うこと、 21 獨(ひと)り針道(しんどう)のみに非(あら)ず。 22 夫(そ)れ國(くに)を治(おさ)むるも亦(ま)た然(しか)り、 と。
(解説)
*岐伯(きはく)は黄帝(こうてい)にこのように切り出している。 「なんと、こう明明白白な問いかけでしょう。 しかし、この問題は鍼だけのことではありません。 國(くに)を治める場合も同じなのです。」
○23 黄帝曰。 24 余願聞針道。 25 非國事也。
23 黄帝(こうてい)曰(いわ)く、 24 余(われ)、 願わくは針道(しんどう)を聞かん。 25 國事(こくじ)に非(あら)ず、 と。
(解説)
*黄帝は、このように答えている。 「私が聴きたいのは、 鍼の原理原則なのだ。 政治のことではない。」
*24節の「余願聞針道」であるが『太素(たいそ, 黄帝内經太素)』においては「道(みち)」の字が無い。 「余(われ)願わくは針(はり)を聞かん。」となっている。
○26 岐伯曰。 27 夫治國者。 28 夫惟道焉。 29 非道。 30 何可小大深淺。 31 雜合而爲一乎。
26 岐伯(きはく)曰(いわ)く、 27 夫(そ)れ國(くに)を治(おさ)むる者は、 28 夫(そ)れ惟(た)だ道(みち)のみなり。 29 道(みち)に非(あら)ざれば、 30~31 何(なん)ぞ小大(しょうだい)深淺(しんせん)、 雜(まじ)え合(あつ)めて一(いち)と爲(な)す可(べ)けんや、 と。
(解説)
*岐伯(きはく)は、それに応えて、このような言葉で返す。 「國(くに)を治めるのと、 鍼の道(みち)は基本的には同じです。 何が同じかと言うと、 どちらにも道(みち)というものがあることです。 道というものには、守るべき法則性があり、 國(くに)を治めるにしても、 鍼の治療を習得するにしても、 道、すなわち一つの守るべきやり方があるのです。 で、なければ、 鍼に関する様々な事柄を、 統一した理論としてまとめることは出来ないでしょう。」
*ここで言う「統一した理論」とは、 何だろうか。
『類經(るいきょう)』や『太素(たいそ)』などの書物を見ると、 『素問(そもん)』と『靈樞(れいすう)』の内容を、陰陽(いんよう)、 五蔵(ごぞう)、 經脈(けいみゃく)、 疾病(しっぺい)に分けてある。 これらが、ここで言う様々な内容であろう。 これらの様々な内容を一つにして、 統一的に叙述しているもののことを言っていようか。
*まあ、しかし、 中国医学というものは、非常に内容が多岐にわたっていて、 矛盾するものも多い。
*『素問(そもん)』・『靈樞(れいすう)』と『傷寒論(しょうかんろん)』では理論が異なるので、 一つの理論とするには無理がある、 そういうことも言えようかと思う。
*『甲乙經(こういつきょう,鍼灸甲乙經)』と『太素(たいそ)』という本では、 31節は「雜合而爲一乎哉。」となっていて「哉」の字が「乎」の字の下にある。
*張介賓(ちょうかいひん)という人は、このように言っている。
「至大至小、 至淺至深、 無不有道存焉。 故治國有道、 治鍼亦有道、 必知乎道、 乃可合萬變而爲一矣。
*この文章を読んでみよう。
至大至小(しだい・ししょう)、 至淺至深(しせん・ししん)、 道(みち)存(そん)するに有らざること無し。 故(ゆえ)に國(くに)を治(おさむ)るに道(みち)有り。 鍼(はり)を治(おさむ)るに亦(ま)た道(みち)有り。 必(かなら)ず道(みち)を知れば、 乃(すなわ)ち萬變(ばんぺん)に合わせて一(いつ)を爲(な)す可(べ)し。
*概(おおむ)ね、このようなことを言っていようか。
「大小であれ深淺(しんせん)であれ、 つまりからだの様々な出来事、国の様々な出来事というのは、 道(みち)というものがあって初めて、 了解できるものだ。 だから国を治めることには道があるし、 鍼を治めるにも、 また道がある。 かならず道(みち)を知れば、 何にでも対応できる。」
*ものごとには原理が大事である。 しかし原理というものは日本人にとっては、何とも受け入れがたい部分があるようにわたしは思う。 自然の中に原理を見出すよりも、 自然というものの気の流れのようなものが本当であるという人もあろうか。 自然というものを、陰陽(いんよう)や五行(ごぎょう)、五藏(ごぞう)などのカテゴリーに分けるのは意味がない、 あるいは、うそというふうな考え方もあるように思う。 しかし、 カテゴリーに分けるというものが本来の中国医学のやりかただと思う。
*日本の場合、 江戸時代の後半にカテゴリー分けを否定するやりかたが顕著になってきた。 カテゴリーを否定し、 気をめぐらすという所に行きついている。 鍼(はり)についても、そうであるし、 『傷寒論(しょうかんろん)』の流行などにも、それが現れている。 最後には「三陰三陽」も要らない、つまり「陰陽(いんよう)」は要らないという場所に到ったか、 ただし「寒熱(かんねつ)」とか「虚実(きょじつ)」というものは残るので「陰陽(いんよう)」というものは残っていたのだろう。 理論を重んじたものを否定して行くと、 現象の観察しか出来なくなるものである。 理論を否定した先はどこへ向かうのか、 わたしがいつも思うことである。
○32 黄帝曰。 33 願卒聞之。 34 岐伯曰。 35 日與月焉。 36 水與鏡焉。 37 鼓與響焉。
32 黄帝(こうてい)曰(いわ)く、 33 願わくは卒(ことごと)くに之(これ)を聞かん、 と。 34 岐伯(きはく)曰(いわ)く、 35 日(ひ)と月(つき)なり。 36 水(みず)と鏡(かがみ)なり。 37 鼓(つづみ)と響(ひびき)なり。
(解説)
*黄帝(こうてい)は、このように言う。「それでは、 そのすべてを聴きたい。」 それに答えて岐伯(きはく)はこのように言う。「問題になってくるものは、日(ひ)と月(つき)のような二つの輝くもの、 水(みず)と鏡(かがみ)、 鼓(つづみ)と響(ひび)きです。」
*楊上善(ようじょうぜん)という人はこのように注を入れている。
「 以下設日月水鏡鼓響六譬、 欲窮在身安人、 微妙之道。 」
【 以下、 日月(じつげつ)、水鏡(すいきょう)、鼓響(こきょう)の六つの譬(たと)えを設(もう)け、 身(み)に在(あ)りて、人(ひと)の安(やす)んずところの、 微妙の道(みち)を窮(きわ)めんと欲(ほっ)す。】
*『霊枢』の森を歩いてみませんか。 毎月休まず第二日曜午前10時から12時まで、大阪府鍼灸師会館3階です。 はり師、きゅう師でなくても気兼ねせず学んでください。 くわしくは大阪府鍼灸師会ホームページをご覧くださいね。
次回は2026年3月8日(日)、『霊枢』「本藏(ほんぞう) 第四十七」です。会場、WEBでお待ちしています。
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(霊枢勉強会世話人 東大阪地域 松本政己)
































