公益社団法人 大阪府鍼灸師会

霊枢勉強会報告

霊枢勉強会報告 『黄帝内經靈樞』 營衞生會(えいえせいかい)第十八・第二章NEW

講師 :日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生
日時 :令和五年(2023年)11月12日(日)第32回
会場 :大阪府鍼灸師会館 3階
出席者:会員39名(うちWeb31名) 一般32名(うちWeb22名) 学生18名(うちWeb18名)
*11月度は会場18名、ネット配信での受講が71名でした。

○『黄帝内經靈樞』 營衞生會(えいえせいかい)第十八・第二章

○01 黄帝曰。 02 願聞營衞之所行。 03 皆何道從來。

01 黄帝(こうてい)曰(いわ)く、 02 願わくば聞(き)かん、營衞(えいえ)の行く所、 03 皆(み)な何(いず)れの道にか從(よ)りて來(き)たるや、と。


○04 歧伯荅曰。 05 營出于中焦。 06 衞出于下焦。

04 歧伯(きはく)荅(こた)えて曰(いわ)く、 05 營(えい)は中焦(ちゅうしょう)より出(い)で、 06 衞(え)は下焦(げしょう)より出(い)づ。


○『黄帝内經靈樞』 營衞生會(えいえせいかい)第十八・第三章

○01 黄帝曰。 02 願聞三焦之所出。 03 歧伯荅曰。 04 上焦出于胃上口。 05 並咽以上。 06 貫膈而布胸中。 07 走腋。 08 循太陰之分而行。 09 還至陽明。 10 上至舌。 11 下足陽明。
01 黄帝(こうてい)曰(いわ)く、 02 願わくば三焦(さんしょう)の出(い)ずる所を聞かん、と。 03 歧伯(きはく)荅(こた)えて曰(いわ)く、 04 上焦(じょうしょう)は胃の上行(じょうこう)に出て、 05 咽(のど)に並びて以(もっ)て上(のぼ)り、 06 膈(かく)を貫(つらぬ)き胸中(きょうちゅう)に布(し)き、 07 腋(わき)に走りて、 08 太陰(たいいん)の分(ぶん)を循(めぐ)って行き、 09 還(かえ)って陽明(ようめい)に至(いた)り、 10 上(のぼ)って舌(ぜつ)に至り、 11 足の陽明(ようめい)に下(くだ)る。
(解説)
*「三焦(さんしょう)」というのは色々な議論があるものである。ここで、それの説明をしている。

*まず「上焦(じょうしょう)」というのは、胃から、のどの方へのぼって行く。06節の「膈(かく)を貫(つらぬ)き胸中(きょうちゅう)に布(し)き」というのも同じことを言っている。

*ここでは、このようなことを言っている。
「上焦(じょうしょう)は、のどから上がって行き、膈(かく)、これは胸とおなかの間を指すが、そこから胸中(きょうちゅう)に行く。そして腋(わき)の方に行って、(上腕から前腕そして手にいたる)手の太陰の経脈をめぐる。そこから手の陽明の経脈に至り、顔の方に上って行き舌(ぜつ)にいたる。そこから足の陽明の経脈を下る。

*ここで02節「三焦(さんしょう)」の「三」という字が注釈者の間で問題になっている。「三」という字は「上」という字の間違いではないかという議論がある。別のところで黄帝(こうてい)が「中焦(ちゅうしょう)」のことを尋ねる部分があり、歧伯(きはく)は「中焦」について荅えている。しかしここでは「三焦」のことを尋ねているのに、それに対し歧伯(きはく)は「上焦(じょうしょう)」のことを答えている、それは、おかしいというものである。この指摘は当たっていると思う。
02節には「三焦」ではなく「上焦」という言葉が入るのが正しいと思う。

*郭靄春(かく あいしゅん)という人はこのように解釈している。
上焦の「焦(しょう)」という字は、「氣(き)」ということであり、ここでは「上焦」は「上氣(じょうき)」である。「上氣」とは呼吸のことを言うのだ。これ以下の文中にある「中焦」や「下焦」に関しても「焦」は「氣(き)」のことなのだ。

*これは、とてもおもしろい解釈だと思う。これは郭靄春氏だけの意見ではあるが、「上焦」は「上氣」、「中焦」は「中氣」、「下焦」は「下氣」というのは当っているような感じがする。それぞれを上焦は呼吸、中焦は食べ物の消化、下焦は大小便をつくるという類のものと考えれば良いと思う。


○12 常與營俱行于陽二十五度。 13 行于陰亦二十五度。 14 一周也。

12 常に營(えい)と俱(とも)に陽(よう)に行くこと二十五度、 13 陰(いん)に行くこともまた二十五度、 14 一周なり。

(解説) *12節にある「營(えい)と俱(とも)に」という部分は『外臺秘要方(げだいひようほう)』という本に引かれた同じ文章では「 以營衞。【營衞(えいえ)を以(もっ)て】 」となっている。
また『千金方(せんきんぽう)』や『外臺秘要方』では「營(えい)」という字は「營衞(えいえ)」となっている。
*12節の「陽」というのは昼間、13節の「陰」というのは夜のことである。

*中国医学で「宗氣(そうき)」という言葉がある。宗氣(そうき)、營氣(えいき)、衞氣(えき)という三つの氣(き)の働きがある。宗氣(そうき)というのは、実は上焦(じょうしょう)の氣(き)のことである。上焦(じょうしょう)の氣(き)というものは、からだの上の方の作用をつかさどっている氣(き)のことである。これは、ものではない。その働きにつけた名前である。呼吸につけられた名前であり、これを宗氣(そうき)と言う。

*宗氣(そうき)というものは、からだから外気を取り入れる呼吸の気である。それと營衞(えいえ)の氣(き)、からだの中の経脈のめぐりというものが一体になってというのが「營衞(えいえ)とともに」である。つまり呼吸が止まると経脈の流れも止まり、気血の營衞(えいえ)の流れも止まり、死が訪れるのである。

*ここでは上焦(じょうしょう)の氣、これは呼吸により取り入れた氣(き)のことであるが、それと水穀(すいこく)の氣(き)、食べたものが一緒になってからだをめぐっているということを言っている。

○15 故五十度而復大會于手太陰矣。

15 故(ゆえ)に五十度(ごじゅうど)にして復(ま)た手の太陰(たいいん)に大會(たいかい)す、と。
(解説)
*これが書かれた時、すでに手の太陰(たいいん)の経脈がはじまりだと、経脈の順番が出ている。

*『素問(そもん)』や『靈樞(れいすう)』の中に出ている、いわゆる疑似生理学といわれるものについて話す。疑似生理学というのは、もともと私たちが普通の感覚で認識できるものを土台にしながら、そのイメージを超えたイメージを出しているものである。生きている人のしるしというのは呼吸と脈が動いているということである。それは五蔵(ごぞう)で言えば「心(しん)」と「肺(はい)」の働きになる。「心(しん)」は脈を拍動し、「肺」は呼吸させる。その「心(しん)」と「肺(はい)」の力によって水穀(すいこく)、つまり食べたものが氣(き)に変わって全身をめぐっているというイメージである。食べなければ、そして呼吸ができなければ、また脈が止まってしまっても人は生きてゆけない。逆に言うと心と肺が備わっていれば人は生きていけるというイメージなのだと思う。


*『霊枢』の森を歩いてみませんか。毎月休まず第二日曜、午前10時から12時まで大阪府鍼灸師会館3階です。勉強会のご案内につきましては本会ホームページをご確認下さい。
新春は1月14日(日) 『五邪 第二十』から始まります。


(霊枢のテキストは現在2冊の在庫があります。1冊1,600円です。受講申し込み時、または当日、受講受付けにてお問い合わせください)


(霊枢勉強会世話人 東大阪地域 松本政己)

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