報告令和7年度5月度学術講習会NEW
令和7年度5月度学術講習会

【日時】令和7年5月11日(日) 13:00~16:10 学術講習会(ハイブリッド開催)
【演題】
・学術講習会(ハイブリッド開催・アーカイブあり)
「構造から考察する運動器障害の鍼灸治療」上肢編~
講師:川崎 勝巳 先生(関西医療学園専門学校 非常勤講師 川崎針灸院 院長)
【会場】関西医療学園専門学校 本館5階大ホール
ちょうど1年前の令和6年5月の研修では、下肢の構造から考察する運動器障害について研修をしていただきましたが、今回は、上肢の構造と役割を理解し、上肢に障害が生じた時にどこに原因があるのかを把握して、治療および再発防止に向けた指導について学びました。
まず、構造を知る上で、人間の上肢の進化について解説されました。四足で歩行する哺乳類の後肢は、仙腸関節によって仙骨と寛骨が結合していますが、前肢には鎖骨がなく、前肢との間接性連結を持たずに遊動しています。これは、後肢が地面を蹴って前進する遠心性の機能を持つのに対して、前肢がその運動による衝撃を受け止め、エネルギーを吸収することによって運動をコントロールする求心性の機能を持つためです。類人猿は四足歩行哺乳類と違い、樹上三次空間を移動するために多用な動きに適合し、枝の上を四足と長い尾で移動する。あるいは、懸垂と木登りを組み合わせた運動を行う。あるいは、振り子のように体を振りながら代わる代わる手を替えて移動するブラキエーション:雲梯(うんてい)運動により、上肢の機能が伸展運動から屈曲運動へと大きく転換し、上肢を長くし、肘頭を小さくして肘関節が完全に伸展できるようになり、手がより遠くに届くようになりました。同時に枝を握り、餌を掴む手が独自の進化をたどり、器用に道具を扱う上肢となり、最も重要な効果器となり、樹上生活から地上に降り、日常的に上肢を下垂し、武器を投げて狩猟をし、スポーツなどの過度な遠心性の運動を肩に要求することになりました。肩関節は手をあらゆる方向に動かすための可動性が求められ、複数の関節を複合的に動かす、他の哺乳類に見られない特異な進化である、懸垂運動(安定したバランスと多用な支持基本の利用を可能とする運動)を得ました。肘関節、手関節、手指関節も独自の進化を遂げています。

この構造が分かれば、その関節の弱点も分かり、肩関節では、関節窩が浅く接地面積が小さい非常に不安定な球関節です。関節運動は外転と内転で、その他の動き(回旋)には大きなストレスがかかります。特にペインフルアーク(肩を挙上するとき、あるいは挙上した位置から下ろしてくるとき、ほぼ60-120°の間で特に強い痛みを感じることがあり、有痛弧徴候(ペインフルアーク)といわれます。)での大結節の軌道は周囲軟部組織に対する炎症や損傷の原因となります。肘関節では、ぶら下がりに適応した上腕骨滑車の角度は伸展するに従い外反が強くなり、外側上顆炎(テニス肘)になりやすいです。前腕は長時間に及ぶ握りは短橈側手根伸筋に多大なストレスを与え、手関節では、ぶら下がりに適した手関節(特に尺側)は衝突に弱く、手をつくと良くないそうです。 構造とその構造の弱点を知り得れば、各関節の障害がどのような部位で起こっているのかが、いくつか仮説を立てることが出来、その仮説が間違っていれば、次の仮説へと検証でき、経絡や証を決めてしまわないことであると言われていました。
次に障害について、肩関節では①インピジメント②中高年のインピジメント(腱板損傷)③五十肩④石灰沈着⑤滑液包炎⑥上腕二頭筋長頭腱炎について、肘関節では①野球肘②テニス肘③上腕骨外側上顆炎について、詳細に解説して頂きました。 後半の実技指導の中で治療法も被験者の肩関節の動きを見ながら肩関節運動痛の解釈と痛みの改善と動きの改善について指導されました。 肩関節運動痛は大結節が肩関節屈曲や外転運動において、60°~120°の時期に肩峰から烏口肩峰靭帯付近に最も近づき、いかに大結節が烏口肩峰アーチを通過するかが問題となります。

球関節の肩甲上腕関節に回転中心を外す外力がかかると周辺軟部組織に炎症が起こります。肩関節の痛みの改善には、表面から深部にスペースを確保し、軟部組織の滑走を滑らかにする筋膜リリースを行います。次に関節可動域の改善として、胸鎖関節、肩鎖関節、肩甲上腕関節、肩甲胸郭関節を緩ませる手技と置鍼を行い、周辺筋群(大胸筋・小胸筋・広背筋・菱形筋・肩甲挙筋)の緊張緩和を更に取りながら、遠隔治療として、筋肉の緊張を緩和する穴として、手の三里(長撓側手根伸筋)と手の陵下(尺側手根伸筋)を使うそうです。 肩関節の痛みがあり、動かせないような五十肩は、無理に動かさず、両手を肩に当てて肩を回す運動をさせ、痛みのため運動制限が続き拘縮が出てきても、治すことを目的とするので、痛むことは全くしないとのことでした。
また、血流を良くすることが大切で、鎮痛のためにアイシングは逆効果で、温めて炎症を促進させる方が良く、鍼も筋中に刺しても意味がなく、脂肪層を超えて靭帯の抵抗ある所を刺していくのだと、とても細かく指導していただきました。
人類への進化の過程で、どのように骨や関節が変化し、どのように動く構造をしているかを理解すれば、先生も言われた構造上の弱点がわかり、傷める部位もわかります。また、日常のどのような動きが良くないか?も推測できます。東洋医学的に治療をして、その時は痛みが一時的に抑えられ良くなったとしても、日常で同じ動きをすれば、再発を繰り返すこととなり、更に悪化する可能性があります。原因をきちんと考察することの大切さを改めて考えさせられました。
研修委員 鍼灸専門院めぐり 思川裕子