学ぶ

HOME » 学ぶ » 素問 » 素問勉強会報告令和2年1月12日「ツボの選び方」症例と課題のお話より その2

素問

素問勉強会報告令和2年1月12日「ツボの選び方」症例と課題のお話より その22020.06.05

「素問勉強会報告令和2年1月12日その2」
Fresh2020年3月号掲載 №287の続編
*新型コロナウイルス感染症予防のため、令和2年4月12日(日)の勉強会が休講になりました。そこで、令和2年1月12日(日)のお話から、前回掲載記事で載せきれなかった部分を「蔵出し」いたします。
 
素問勉強会
講師:日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生
日時: 令和2年 1月 12日(日) 
会場: 大阪府鍼灸師会館 3階  出席者: 会員9名  一般11名  学生2名
 
 
・医道の日本 2020年1月号 「ツボの選び方」症例と課題のお話より(その2)
(症例)
【患者】
45歳、男性、中肉中背
 
【経過】
X年-20年 運動中にぎっくり腰。
X年 
もう一度腰痛が起こる。半年前に強いストレスがあって、その後に急性腰痛を発症し鍼灸治療を受ける。ある程度はよくなった。しかしデスクワークで長く座っていると、段々痛みが出てくる。特に動作する時に沁みるような痛みがある。
 
【望診】
愛想が良くて明るくて、よく喋る。(「明るくてよく喋る」という言葉は10のものを100ぐらいに言うということも含まれよう)
顔は日に焼けている。(外勤?ゴルフ?)脱いでみると胸腹部や背部は白い。
 
【聞診】
声は大きくて高いが、しばらく喋っている内に小声になる。
 
【問診】
睡眠中に目が覚めることはない。夢を毎晩のように観る。(モノクロの夢なのか?カラーなのか?こわい夢なのか?)
八時間以上寝ないと昼間がきつい。
午前中は何となく身体がだるい。午前中は本調子ではない。午後になって特に夜にかけて段々元気になってくる。
食事の後、一時的に非常に眠くなる。
過食気味である。甘いものが好きである。便秘することはないが日によっては食事ごとに排便に行くことがある。
排尿の回数は他人よりもやや少ない。尿が少し赤みを帯びる。
肩こりの症状の自覚は無い。(自覚がないという事の意味は?)
頭痛も背中の痛みも無い。
手足ともにややほてる感じがある。(自覚症状を指しているのだろう)
 
【切診】
脈状は左右ともに沈、虚、(さく)(しょく)(ここでのポイントは「数」という所、両方とも「沈」ということだ。「左右ともに」という表現に注意を置かないといけないだろう)
脈状は左関上(かんじょう)が最強である。(左関上は肝・胆に当る)
また、右関上が最も弱い。(右関上は脾・胃に当る)
(すん)(こう)(心・小腸)>右寸口(肺・大腸)>右関上(脾・胃)
左右尺中(しゃくちゅう)は同じぐらいで左右差は判定できない。
 
前腕部「手の陽明大腸経」と下腿部「足の少陽胆経」に圧痛が見られる。
腹部や腰背部の皮膚に触れるとやや冷たい感じがする。
 
(課題)
・どのように診察をするか。どのような証を立てるか。
・選穴理論
・選んだツボへの施術方法
・道具の写真
 
*対話が成り立つのは同質あるいは近い立場の者同士でないと出てこない。記事の中で同質のものを選んでそれぞれについて考えてみる。(①~④については『医道の日本 2020年1月号』を読んで欲しい)
①古典鍼灸研究会(付脉(ふみゃく)学会)の「ツボの選び方」
新医協(しんいきょう)東京支部鍼灸部会の「ツボの選び方」
東方会(とうほうかい)の「ツボの選び方」
④日本伝統医学研修センターの「ツボの選び方」
 
⑤日本鍼灸研究会の「ツボの選び方」
(立場)
選経選穴は、井上系経絡治療(六部定位診・脈状診・病証学)をもとにしている。病症を診るために、また陰陽虚実を診るために人迎気口診が投入されて、六部定位診とあわせて診る。
 
 
(課題症例の問診診察・証立て)
愛想が良くてよく喋る、声が大きいという事から「気虚」あるいは「陽虚」が適切かと思う。
 
20年前のぎっくり腰と現在の症状を本当に結びつけられるかどうかが一つの課題になる。ここでは20年前の症状と現在のものを結び付けることはしない。
 
6カ月前に極度のストレスがあった後に腰痛になった。それを治療すると少し良くなった。ここで「6カ月前のストレス」を現在の症状に結びつけるかどうかである。ここでは結び付けている。
 
睡眠は気虚の関係、飲食は脾の病症あるいは、脾経の病症があると見る。大小便は湿熱という状態からの解釈である。これは病証学と脈状診が無ければなかなか分けることが出来ないものである。
 
これは病症状、脈状から見ても内傷性のものである。内傷と外傷を分けるとすれば一つは病証学、脈状から得ようとすれば人迎気口診以外に無いのではないか。
 
六部の脈状診で内外傷はわかるので人迎気口診は要らないのだと言う人がいる。しかし、それでは陳言(ちんげん)や李東垣(りとうえん)が内傷と外傷を分けるための脈診である人迎気口診を持ってきた意味は無いと思う。彼らは南宋(1127~1279年)以来の六部の脈状診をすでに知っているのである。よって、その考えには異論がある。
 
選経選穴については井上系の本を読んで頂かないといけない。灸については、井上恵理策定、根拠は未詳と正直に書いてある。
*井上雅文系の脈診については『脉状診の研究』(井上雅文著,医道の日本社発行)にくわしい。
 
最近わたしが思っているのは「経絡治療」というものは新しい治療法だという事である。江戸時代に経絡治療は無い。脈診で経絡を決めて、経絡経穴を運用するという方法は非常に斬新な方法である。ある意味伝統を無視した方法でもある。
 
関西は人脈などの伝統が割合残っている感じがする。経絡治療は伝統の無いところで出来た。杉山流や夢分流あるいは○○流というのが少しはあった昭和初年にそういうものを全て無視して治療法を作ったのである。日本の伝統というものは江戸時代のものである。経絡を診て経穴を運用する方法は斬新といえば斬新なのである。経絡治療は古そうなふりをして、それを作った人たちも『素問』『霊枢』『難経』にしたがっていると平気で言っていたので古そうに見える。しかし、それは全然古くはない。江戸時代の鍼灸法とは全く違うと言っても良いぐらいだ。江戸時代の鍼灸法に近いのは中医学かと思う時がある。江戸時代の鍼を見ると中国鍼ではないかと思うようなものもある。
 
経絡治療は伝統を無視して作って一応の体系が出来た。しかし出来てから80年も経つと、元の形から変わっている。今の範囲内で何か会話をしようとすると、日本伝統医学研修センターを除く先に挙げた会の人とは概ね会話が成り立つものと思う。
 
この『医道の日本』の特集は各会のスタンスがよく出ていると思う。これは、あまり枝葉末節に囚われて読むのはよくないと思う。選経や選穴という枝葉末節でないレベルで、この寄稿集を見ていけば良いと思う。
 
去年11月23日の伝統鍼灸学会の日に「経絡治療は隅から隅までアバウトだから」という発言に会場から笑いと拍手が起こった。しかしあまり出鱈目なものも困る。アバウトなものは心が穏やかになって良いのだが検討が出来ない。経絡治療関連の人で本治法と標治法をどうでも良いと考える人がいる。では経絡治療の初期の人たちが非常にこだわっていた本治法と標治法は何だったのだ、そういうことになる。
形にはまらないで変幻自在にやったら良いというが、変幻自在は形あっての上の話である。
 
『素問』の森を歩いてみませんか。こころざしは毎月休まず第二日曜、午前10時から12時まで大阪府鍼灸師会館3階です。『素問』の森を歩いていたら、自然に『霊枢』の森へ続いていきます。
 
(素問勉強会世話人  東大阪地域 松本政己)