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素問

平成31年2月素問勉強会(30年度)/著至教論篇(ちょしきょうろんへん)第七十五より2019.03.24

●日時:平成31年2月10日(日) ●会場:大阪府鍼灸師会館3階
●講師:日本鍼灸研究会代表 篠原孝市先生


・医道の日本 2019年2月号 『臨床に活かす古典№81 内経 その2』のお話より
 
 中国では南宋時代(1127~1279)に大きく医学のシーンが変わった。この時代から医学的なものの見方が変わってしまったので、この時代以降の見方で、前の時代を見るとちがった風に見えるということがある。
 王冰(おうひょう)や楊上善(よう じょうぜん)があらわした『素問』『霊枢』の古い注解というものは、南宋時代以前に成り立っているので解釈的にもより貴重である。

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著至教論篇(ちょしきょうろんへん)第七十五
 

第三章
 
 帝曰く、子(し)、陰陽傳(いんようでん)を聞かずや、と。曰く、知らず、と。曰く、夫れ(それ)三陽、天をもって業と爲す(なす)。上下(じょうげ)常(つね)無し。合せて病(やまい)至れば、偏に(ひとえに)陰陽を害す。

 
(訳文)
 帝がいった。「先生、陰陽傳という本のことを知りませんか」
 雷公がこたえた。「知りません」
 帝がいう。「さて、三陽というものがある。それは天の働きに属するものである。病がからだの上下に出るということに、常に定まった状態はない。陽でもっとも強い太陽の経、手の太陽小腸経と足の太陽膀胱経、ふたつ一緒になって病を発した場合、陽気が非常に盛んになって全身が傷害される」
 
 
(解説)
「三陽」は注解者によって色々と議論がある。「三陽」というのは、陽の気が多いとも解釈できる。「三陽」は「太陽」と「陽明」と「少陽」の三つを指すのか、陽の量が多いという意味なのか、この二つの議論によって注解がわかれる。
 馬玄臺(ば げんだい)というひとは、三陽は太陽の経、つまり手の太陽小腸経と足の太陽膀胱経のことだという。三陽は、陽が多いという意味だという。これに対して張介賓(ちょうかいひん)というひとは、陽の気に属するすべての経脈のことと注をつけている。手足の六つの陽の経脈のことだという。
 
「上下」にはいくつかの説がある。もっとも多い説は「手と足」だという考え方である。森枳園(もり きえん)というひとはひとのからだの上部と下部だという。馬玄臺は「手と足」だとかんがえている。
 
「偏害陰陽(偏に陰陽を害す)」の文章にある「偏」という字は、「かたよる」片方だけという捕えかたと、「徧く(あまねく)」すみずみまで行きわたるという捕えかたがある。わたしは「徧く(あまねく)」というほうがよいと思うが、江戸時代のよみかたにしたがって「ひとえに」とここでは読んでおく。
 この部分の解釈はふたつの説があると、しておかないといけないと思う。
 
 
 雷公曰く、三陽當たる(あたる)こと莫し(なし)。請う、其の解を聞かん、と。
 
(解説)
 問題になるのは「三陽莫當(三陽當たること莫し)」という文章である。三陽の病というものは、はじめは三陽からはじまって、それが進んでいくと陰陽があまねく傷害されるというものであろう。
 
 王冰というひとは、「當たる(あたる)こと莫し(なし)とは気、并せて(あわせて)至りて、當たるべからずを言う」と言っている。「當たる」の意味は、よくわからない。
 
 森枳園は、「當」を「常」におきかえて「三陽莫常(三陽常ならず)」、三陽の病はからだに作用すると、病がからだの上の方に出たり、下のほうに出たりする(中風になったり傷寒になったりする)。その意味がよくわからないので、それをおしえてくださいと雷公は言っていると解釈する。
 
 この文章の「當たる」ということばが問題になると思う。
 
 
 この文章はだいたい、以下の原理で書かれている。
 中国医学でくりかえされた原理があるとしたらこのようなものだ。
 
 現在十二経脈というものがある。われわれはふつう陰経と陽経の重みを感じない。陰経も陽経も流注を持ったひとつの経脈にすぎないとかんがえている。しかしむかしは陰経と陽経の経脈の重みは歴然として区別されていたと思う。つまり陰経が病むものは重い症状だという考えがある。陽経で病をうけて、陰経におりてきた時には、相当に病が進んでいると考えられていたと思う。
 現在では、足の太陰脾経の病証だといっても、おなかが張る、ものが食べられないぐらいにしか考えない。しかし、むかしのひとは足の太陰脾経や手の太陰肺経の病証は、重篤な病であるという発想があったと思う。
 
 陰の病はなかなかわからないものである。非常に静かに長い時間をかけて、陽の部分にでてきた時には、相当重篤なものになっている。
 
 陽の病は、からだにはいってきて、すぐに発症して、しかも熱になるのでわかりやすい。陰の病は症状のすすみかたが、おそくわかりにくい。
 
 
 道のりもそろそろ終盤です。『素問』の森を歩いてみませんか。毎月休まず第二日曜です。
 
 
(素問勉強会世話人  東大阪地域 松本政己)