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平成30年8月素問勉強会(30年度)/八月特別講義『脈論口訣』研究2018.09.26

●日時:平成30年8月12日(日) ●会場:大阪府鍼灸師会館3階
●講師:日本鍼灸研究会代表 篠原孝市先生

★『脈論口訣』研究
 
◎書誌

 ・概要
書誌というのは、本の説明である。
『新鐫増補脈論口訣(しんせんぞうほ みゃくろんくけつ)』というのが正確な書名である。「新鐫」の「鐫(せん)」の字は、「彫刻する、きざむ」と同じような意味である。

 著者は色々な説がある。最近出ている京都大学貴重資料デジタルアーカイブのウェブでは、「林玉池斎輯(はやしぎょくちさい しゅう」となっている。国文学研究資料館の日本古典籍総合目録データーベース(http://base1.niji.ac.jp)では「曲直瀬道三(まなせどうさん)」、早稲田大学の古典籍総合データーベースでは「曲直瀬玄淵(まなせげんえん)」となっている。『杏雨書屋(きょううしょおく)蔵書目録』(1982年版)では「著者未詳」、小曽戸洋(こそど ひろし)著『日本漢方典籍辞典』では「曲直瀬道三(1507~94)の著になるとされる脈診学の専書」とあるが、何れも根拠を示さない。
 
「曲直瀬玄淵」という人は、「曲直瀬道三」から数えて五代目のひとである。曲直瀬道三が亡くなってから100年ぐらい経って亡くなったひとである。
 
 本書は、曲直瀬家或いは曲直瀬家から名前を変えた今大路家に関わりの深い、佚名氏(いつめいし:名前の知られていないひと)が、曲直瀬道三の旧著『類證弁異全九集(るいしょうべんいぜんくしゅう)』、『診脈口伝集(しんみゃくくでんしゅう)』などから摘録し、かつ増補したとしておくことが穏当ではないかと考える。
 
(出版者について)
 序文を書いている「花洛書林玉池斎(からくしょりんぎょくちさい)」と、巻之五末にある刊行者「梅村弥右衛門」が同一人物か決め手がない。
 
(内容構成について)
 五冊にわかれているのだが実際には一冊にしてまとめてあるものが多い。
 
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・刊本
 国文学研究資料館の日本古典籍総合目録データーベースで、大体どんなテキストが、どこにあるかということがわかるようになっている。
 日本の本、国書に関してはこのサイトで基本的には大体把握できる。漢籍に関する本は全國漢籍データーベースというものがある。この二つをみれば大まかにはどの本がどこにあるかわかる。
 
『脈論口訣』は今から330年ほど前の本であるが所蔵館数が31館というのは大きいものである。
『診脈口伝集』もだいたい流布したのは江戸時代の直前から前期ぐらいである。所蔵館数が21館というのは結構大きい。
『脈法指南』は所蔵館数5館、『脈法手引草(みゃくほうてびきそう)』は8館と少ないのは脈診に関する意欲がおとろえた1700年代、日本の古方派が台頭してきた頃の本だということが関係しているのではないか。脈診に関心がないということが関係あるのではないかと思う。
『脈学輯要(みゃくがくしゅうよう)』は所蔵館数32館と非常に多いのは、時代が比較的新しいというのが関係しているかと思う。多紀元簡の本だというのも関係するかもしれない。
 
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・序文
 序文というのは皆さん、あまり読むこともないと思う。これからも読むことがないと思うので、序文だけはきっちりと読んでみたいと思う。
 
(序文訓読)
 
増補脈論口訣叙(ぞうほ みゃくろんくけつじょ)
 
 天文宿度(てんもんしゅくど)の運、陰陽栄衛(いんようえいえ)の行a、 固(まこと)に初学の驟かに(にわかに)窺う(うかがう)べきところに非ず(あらず)。
 天文宿度は天体の運行のこと。いわゆる大きな自然界。陰陽栄衛は小さな自然界、人体のこと。大自然とひとの気血あるいは、気の動き、あるいは気血の動きは、ということ。
(訳文)
天地自然のあるいは人体の気の運行というものは初学者にとっては簡単には理解することができない。
 
 
 苟も(いやしくも)先ず其の(その)名義(めいぎ)を哲り(しり)b、 其の旨趣(ししゅ)を発せざればc、 理を明かし、其の原を究むる(きわむる)こと莫し(なし)。
 名義とは名前のことである。病証名や脈の名前のこと。哲は「あきらかに知る」という意味である。
 「旨趣」は「趣旨」と同じ。「発する」は、発明する、明らかにするという意味である。
(訳文)
(自然界あるいは人体の気の動きというものを理解することは、むつかしいけれども)ここに書かれている一つ一つの文章の中の名称や、趣旨、概念そういうものをはっきりすることがなければ、法則性を明らかにし、そのおおもとというものを究めることは誰にもできない。
 
 
 自ら脈候(みゃくこう)を診し、方薬を治する(ちする)に非ざれば(あらざれば)d、 霜露(そうろ)の恙(うれい)、底り(いたり)止まる(とどまる)ところ罔し(なし)e。
 「治する」は取り払う、断つという意味である。制御するというような意味あいである。
e 「霜露(そうろ)の恙(うれい)」は、「霜露の疾」とおなじ。寒冷のためにおかされる病、外邪である。
(訳文)
ちゃんと脈をみて適切な薬を処方しないと、外邪の病というものは、もうとめることができない。
 
*ここでは「霜露の恙」というものは、単なる外邪だけではなく病一般のことを言っていることがわかる。序文の内容は典拠を示さないで書いてある。京都などのお金持ちのサロンでは、お互い会話するのに『古今集』や『新古今』などのことばを色々入れていって、わからなくても教えてくれない。知らん顔している。典拠を教えてくれない。ここの「霜露の恙」という言葉は、『漢書』に出てくる。『漢書』『史記』『文選(もんぜん)』などは当時、通常の知識、教養であった。知っていて当たり前というようなところがある。
 
 
 是れ(これ)『素問』『霊枢』の由って(よって)作るところなり。
(訳文)
 だから『素問』『霊枢』ができたのである。
 
 
 而れども(しかれども)初学の人、望洋(ぼうよう)として若(じゃく)に向かうf。
 「望洋として若に向かう」とは偉大な存在に対して、己の望洋を知り感嘆すること。(『大漢和辞典』を引く時間があれば簡単にこの部分はわかる。「若」は北海【渤海】の神)
(訳文)
(はてさて『素問』『霊枢』は作られてはいるが)初学者はあきれはてて茫然とした。
 
 
 故に(ゆえに)脈論の一書、その名義を著して、十三科の診法g、 悉く(ことごとく)一病一脈を断って(ことわって)h、 標本を彰かす(あかす)。
(訳文)
(これではいけない。)そこで、重要な診察である脈診に関して、自分は脈診の本を著して、そして脈診にとって重要な諸々の名前や、その意味などを明らかにした。十三のさまざまな診察の科に対する診法、どういう病気の時にどういう脈状があるのかということをはっきりとさせて、病の標(病の真ん中に出てくる症状)と本(からだの中に起こっている蔵府や経脈の変化、病の機序)を明らかにする。
 
 
 病者の千変万態して治法尤も(もっとも)層見畳出(そうけんじょうしゅつ)すi。
i 「層見」は、しばしば見える。たびたび見える。「畳出」は重なり現れるという意味である。
(訳文)
 病態がさまざまであるように治法というものも、それにもとづいて色々と変えていく。
 
 
 孟子(もうし)の曰く(いわく)、「事は近きに在りて、必ずしも遠求を求めず」とj。
 『孟子』離婁上(りろうじょう)に出てくる有名な文章である。
(訳文)
『孟子』によると「色んな法則性というものは、遠くにあるのではなくて、近いところにあるもので、それをみんなが遠いところにあるものだとして懸命に求めているのだ」とある。
 
*人間は近いところのものは、くだらなくてつまらなく見える。美しいものは遠くにあって、時間的にも昔にある。遠いものは美しく見える。人間は遠くにあるものを美しく感じないと生きられないというのがある。
 
 
 斯の(この)書を以て(もって)万里を行くと雖も(いえども)、必ずしも他書を挟まず。
(訳文)
 この書物を使ってさまざまな病態の変化に対応するというふうにすれば、必ずしもほかの本は必要ない。
 
 
 医人の本文の事のみk。
k 龔廷賢(きょうていけん)という人が著した『万病回春(まんびょうかいしゅん)』という本の中に、この言葉がある。それを典拠とする。
 
*当時のひとにとって『万病回春』は必読書であった。この文章は「ああ、あれか」と思い浮かぶ人に向けて知っていることを前提にして書いている。
(訳文)
 読んでみれば医者の本来するべきことのみが書いてある。
 
 
 亟かに(すみやかに)伝えずんばある可からず(あるべからず)。
(訳文)
 はやく、みんなに教えてあげたい。
 
 
 梓(し)に鏤して(ろうして)闔境(こうきょう)の医をして少しく助けせしむと云爾(しかいう)l。
l 鏤(ろう)は、『春秋左氏傳(左傳)』という本の注に「刻む」とある。「梓(し)」は「梓(あずさ)」の木のこと。版木に用いる。印刷のことを「梓行(しこう)」「梓(し)に上す(のぼす)」という。
 闔境(こうきょう):闔(こう)は門、木製のとびらのこと。境は領地のこと。闔境は、領地を統べるという意味で全国のことである。云爾(しかいう)というのは、文章を収めることばである。
 
 
 旹(とき)m、 天和三昭陽大淵献(てんなさん しょうようたいえんけん)n、 花洛書林玉池斎書o。
m 「旹(とき)」は「時」の古い字。
n 天和三年(1683年)、昭陽(癸【みずのと】)、大淵献(亥【がい・い】)の年、いのしし年。
o 花洛書林は、京都(京師)の書店。玉池斎は京都の梅村弥右衛門であるかは決め手を欠く。
 
 
 
 なにしろ『脈論口訣』というのは非常におもしろい本なので、ぜひぜひ皆さん入手されて、みて頂きたい。こんなにおもしろい本は無いと思う。

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『素問』の森を歩いてみませんか。毎月休まず第二日曜です。
 

 (素問勉強会世話人  東大阪地域 松本政己)