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素問

平成28年1月素問勉強会/至眞要大論篇第七十四注 第十一章~第十四章2016.02.09

●日 時:平成28年1月10日(日) 
●会 場:大阪府鍼灸師会館3階 

◆講師:日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生  
 
●『医道の日本誌』2016年1月臨床に活かす古典「№45未病」のお話より
 「未病」という言葉はよく知られているように、『素問』四氣調神大論に出てくる
有名な文章である。他にも『素問』刺熱論にも出てくるし、『霊枢』『難経』『金匱
要略』にも一か所ぐらいずつ出てくる。恐らくは『素問』四氣調神大論に出てくるも
のが大本なのだろうと思う。他のものはそれの応用編みたいなものかと思う。
 『素問』の四氣調神大論に出てくる「聖人は已病(いびょう)を治せず、未病を治
す」已病というのは既に病気になったことである。未病というのは、未だ病まざる状
態である。「已乱を治せず、未乱を治すとは、これをいうなり」病気と戦乱の乱とい
うことで、乱れるという字は、おそらく病気か或いは秩序が乱れた状態、乱れてしま
った状態よりも乱れる前の状態を治すというのがいいのだと書いてある。
 戦国時代から後漢時代にかけてこの「已乱を治せず。未乱を治す」という文章はあ
ちこちの書物に出てくる。病気の問題が最初に有ったのでは無くて、政治的な課題と
して何しろ乱れてしまったものはどうしようも無いので乱れる前の状態を安定させよ
う。そういう所から発想されたのではないかと思う。四気調神大論の未病の条文の後
半というのは、こんな風に書かれている。「それ病すでに成りて、しかして後にこれ
を薬し、乱すでになりて、しかして後にこれを治む」つまり病気になった後で薬を施
したり、秩序が乱れた後にこれを治めようとする、そういう状態は喉が渇いてから井
戸を掘ったり、戦争が始まってから武器を作ったりするのと同じようなものだと、教
訓的な形で述べられている。
 「未」という字は「無」という字に通じる。「未病」は「無病」だという風に解釈
することが出来る。「未」は「無」や「不」という字と通じるということから、「未
病」は病の無い状態だと解釈する例もある。陰陽の不調和というのは目に見えないが、
それを治療するのが予防だとする解釈も有れば、未病は無病だという解釈もある。実
際に『淮南子(えなんじ)』という書物の中には、無病を治すというのが出てくる。
『淮南子』説林訓(せつりんくん)の中に「本当に良い医者というのは常に無病の病
を治す」と出てくる。未病はつまり、病の無い健康な状態で治療するのである、とい
う解釈が無くは無い。そうすると未病というのは
二つの解釈があることになる。一つ
は陰陽の不調和があるが、病の兆候が出ていないこと。もう一つは無病で病気がない
状態であるというものである。

●現在の鍼灸の問題
 「未病」をいう時には病の定義というものが必要になる。現在は病の定義があまり
上手く出来ていないようである。そういう事が半健康状態を「未病」とかいう、あい
まいな概念を入れる理由になっているのではないかと思う。
 「未病」という概念を上手く今の治療に活かそうとするなら、まず病気の定義が必
要である。また病気である状態と病気でない状態の全体を一貫して診察できる方法が
無いと、これは難しい。「未病」というのは少なくとも病という状態では無いので、
まず病の定義が要る。病では無い状態が無病では無いにしても、症状が無い段階でも、
診察が出来ないといけないのである。症状がない状態で診察が出来るという事と、症
状がある時に診察が出来るというこの二つを一貫する方法が無いと、「未病」という
概念を今は活かせないだろうと思う。病と病の前の状態というのを一貫する診察法と
いうのが必要である。

●至眞要大論篇第七十四注 第十一章~第十四章
 今年(西暦2016年)は丙申(ひのえさる,へいしん)の年なので水運大過となる。
少陽相火が司天で厥陰風木が在泉の年となる。
 一年を60日毎に6つの季節に分けた3期目を司天(してん)という。今年の司
  天、3期目は5月20日【小滿】~7月22日【大暑】。また6期目を在泉(ざいせん)
  という。今年の在泉、6期目は11月22日【小雪】~2017年1月20日【大寒】となる。

第十一章より
 少陽相火が在泉の位置にある年は、火が相剋に当る金に影響を及ぼす。自然界は郊
野が炎熱状態になる。寒と熱が交代にやってくる。民の病は赤いものと白いものの混
ざった下痢をする。(火と金の関係による)下腹部が痛む。尿が赤い。(熱の状態で
ある)ひどくなれば血便をする。(これも熱の状態である)それ以外は少陰君火が在
泉の位置にある場合と症状は同じだ。

:D次回は、至真要大論篇第七十四注 第十五章からです。
 『素問』の森を歩いてみませんか。
 色んな木が、泉が、あなたを待っているかも知れません。
 皆様のご参加をお待ちします。 
 (素問勉強会世話人  東大阪地域 松本 政己)